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大阪高等裁判所 昭和61年(行コ)43号 判決 1990年1月31日

大阪市阿倍野区昭和町四丁目九番一〇号

控訴人

水口孝

右訴訟代理人弁護士

香川公一

蒲田豊彦

斉藤浩

関戸一考

岩田研二郎

乕田喜代隆

大阪市阿倍野区三明町一〇番二九号

被控訴人

阿倍野税務署長

河知忠

右指定代理人

石田浩二

堀秀行

紅野康夫

河本省三

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和五七年一二月一四日付で控訴人に対してなした昭和五五年分以降の所得税の青色申告承認の取消処分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決事実摘示の付加訂正

1  原判決九枚目裏一三行目の「見なかつた。」の次に「また、控訴人は、山名が右帳簿書類を預つて検討したいと申し出たのでこれを承諾したが、山名は右帳簿書類を預からずに帰つた。」を加える。

2  同一〇枚目裏一〇行目及び一三行目の各「集計表」の次にいずれも「・試算表」を加える。

3  同一二枚目表一行目の「続け」の次に「、預けることさえも承諾し」を加え、同八行目の「として」を「との態度に終始し、調査をしうる状態にあつたにもかかわらず」と訂正する。

二  控訴人に主張

1  控訴人は、昭和五七年五月一八日山名に対して篠木作成にかかる控訴人の事業に関する集計表・試算表を提出して同人に預けている。集計表・試算表は、控訴人の記帳していた基本帳簿に基づいて作成されたものであるから、控訴人の事業内容や取引状況を示すものであり、また、その存在により補助簿などの基本帳簿の備付・記帳・保存及び記帳の正確性が裏付けられるものである。したがつて、山名は集計表・試算表の提出によつて控訴人の事業内容や取引状況を知りうることになるから、集計表・試算表の提出は、調査に応じたことになる。

2  山名は、控訴人が篠木の立会を求めたことを理由に調査を放棄したが、第三者の立会を求めることは、違法ではなく、納税者の権利である。

すなわち、法二三四条は、税務職員が納税者に対して質問検査をする際に一定の権限を付与するとともにその限界を定めている規定てあつて、納税者の行為を制限する規定ではないから、納税者が第三者の立会を求めることは、本来自由である。第三者の立会が、調査の段階で違法性を帯びるのは、具体的に調査を進めていく過程で立会人がいることによつて守秘義務違反が生じたり、立会人が税理士法違反の行為をしたりするおそれが発生する場合に限られ、予め調査を進める前に抽象的に右おそれがあるとの理由で立会人の排除を求めることは許されない。そして、次のとおり本件において税理士法違反の問題も守秘義務違反の問題も生じえないものである。

(一) 篠木の立会による説明は、控訴人の調査に必要不可欠であり、正当な権利行使である。すなわち、青色申告期限には複式簿記・簡易簿記が必要であるところ、篠木は、控訴人の帳簿を指導し、集計表・試算表を作成してきたもので、記帳補助者ともいうべきものであるから、集計表・試算表を示して本件帳簿が複式簿記に該当することは説明する必要があつた。帳簿の記帳補助者がその帳簿の説明をすることは税務代理行為ではなく、単純な会計業務であり、世間の多数会社、自営業者において従業員にかかる業務をさせ、税務調査の際には立会わせて説明させているのであつて、このような行為が税理士法に違反しないことは明らかである。したがつて、単なる第三者ではない篠木の立会も税理士法に違反するものではない。

(二) 前記のとおり、篠木は記帳補助者というべきものであるから、控訴人の得意先を含め、その営業活動をめぐる事情に精通している。それゆえ、控訴人は、篠木に山名に対して控訴人の帳簿が複式簿記に当たること、申告額の計算違いなどを説明してもらうために篠木の立会を求めたのである。したがつて、篠木が立ち会つたとしても、山名が職務上知りえた秘密を漏らすおそれはありえない。

3  帳簿の説明のために篠木の立会を要求することは、法一五〇条一項一号の取消事由にはあたらない。

すなわち、同条は、「帳簿の備付・記帳・保存」を欠くことが取消事由になつているにすぎず、「提示を拒否したこと」は取消事由ではなく、いわんや「帳簿の説明のための立会の要求」に至つてはなおさらである。同条の「帳簿の備付・記帳・保存」からその内容を「提示義務」まで拡張し、さらに「帳簿の説明のための立会の要求」を「提示義務違反」と解釈するような二重の拡張解釈は許されない。

三  被控訴人の主張

控訴人の主張は争う。

第三証拠

原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。

1  原判決一四枚目裏八行目及び九行目の各「原告」の前にそれぞれ「原審における」を、同一一行目の「証人山名の前に「原審」を、同行の「証言、」の次に「当審証人篠木一の証言、原審及び当審における」を、同一二行目の「但し、」の次に「いずれも」を各加える。

2  同一五枚目表一行目の「昭和五七年」の前に「控訴人は、青色申告の承認を受けるために昭和五五年一月から金銭出納帳、当座預金及び普通預金出納帳、売上帳並びに買掛帳を作成し、妻に記帳させていた。右帳簿のもとになる売上メモは控訴人が、領収書の控え、小切手の控え、伝票等は控訴人や妻が記載していた。」を、同一一行目の「事務局員で、」の次に「昭和五五年頃から控訴人の妻からの帳簿の記載方法についての相談に応じたり、」を加える。

3  同一五枚目裏一一行目の「同年」を「昭和五七年」と訂正する。

4  同一六枚目表一〇行目の「立会人」から同一一行目の「答え」までを「篠木の説明を聞いたうえ持ち帰つてくれといつて」訂正する。

5  同一九枚目裏一二行目の「同人の」を「同人を」と訂正する。

6  同二〇枚目表三行目の「及び」を「、前期篠木の証言並びに原審及び当審における」と訂正し、同五行目の「なお、」の次に「前記篠木は当審において、」を、同六行目の「本人は」の次に「原審及び当審において」を、同七行目の「た旨」の次に「それぞれ」を、同行目の「承認山名」の前に「原審」を、同一〇行目の「窺われるから、」の次に「前記篠木及び」を、同行目の「右」の次に「各」を各加え、同一三行目の「調査に関係のない第三者の立会の」を、「篠木の立会のうえまたは同人の説明を受けたうえ」と訂正する。

7  同一〇枚目裏四行目の「篠木」の次に「を第三者であるとしてそ」を、同五行目の「放棄した」の次に「、しかし、納税者には第三者の立会を求める権利があり、調査の過程で具体的に守秘義務違反や税理士法違反のおそれが生じた場合にのみ第三者の立会を排除できるにすぎない。しかも、篠木は記帳補助者であり、単なる第三者ではないうえ、控訴人は説明のために同人の立会を要求したのであるからその立会には守秘義務違反や税理士法違反のおそれは生じない」を、同六行目の冒頭に「第三者が納税調査に立会する権利も、納税者が第三者の立会を求める権利もともに存在しない。控訴人は、帳簿につき説明の必要がある以上「説明のための立会」を要求することは納税者の権利であるというが、もともと青色申告者が備付けておくべき帳簿書類は、これを閲読しただけで各帳簿書類の目的とする記帳事項が把握できるように記載されているはずのものであるから、そのうえなお口頭の説明を必要とするか否かの第一次判断は調査をする税務職員に委ねれば足り、これを当初から当然に納税者に先行させなければならない合理的理由は見出せない。したがつて、」を各加え、同七行目の「直接」を削り、同行目の「立会」の次に「(説明を含む。以下同じ)の要求があつても、これを」を、同一〇行目の「原告の」次に「金銭出納帳等の」を、同一一行目の「しており、」の次に「その基となる請求書、領収書等の帳票は控訴人やその妻が作成しており、」を、同行目の「篠木は」の次に「右帳簿作成について控訴人の妻からの相談に応じることはあつても、右帳簿や帳票自体を記帳・作成していたものではなく、」を同一三行目の「これを」の次に「法一四八条一項で備付け等を義務けられている帳簿書類についての」を各加える。

8  同二一枚目表九行目の「いうべきである。」の次に「また、控訴人は、控訴人の事業に関する集計表・試算表を山名に対して提出しているので、提示義務を尽くしたことになるむね主張する。しかしながら、集計表・試算表は、原帳簿・帳票(以下「原帳簿等」という)を基に作成され、原帳簿等の正確性を検証するためのものにすぎず、たとえ控訴人主張のようにそれによつて原帳簿等を調査して把握しうる事実関係と同一の事実関係を把握しうる機能を有するとしても、法一四八条一項で備付け等を義務づけられた帳簿書類自体ではない。しかも、調査をする税務職員としては、集計表・試算表の正確性を把握するためにも原帳簿等を閲覧する必要性は失われないのであるから、集計表・試算表の提出も、その裏付けとなる原帳簿等を提出しない以上、これをもつて同条で備付け等を義務づけられた帳簿書類の提示がなされたということはできない。」を加える。

9  同二三枚目表二行目の「掲げておらず、」の次に「まして、帳簿の説明のための立会の要求に至つてはなおさら取消事由となるものではなく、」を、同三行目の「提示拒否を」の次に「さらには立会要求を提示と解釈してそれを」を、同五行目の「ろは、」の次に「立会要求を提示拒否と解するものではなく、また、」を同一一行目の次行に「また、控訴人は、本件処分は阿倍野民主商工会の組織破壊若しくは会員に対するいやがらせの意図のもとになされたもので、通常は形式的には取消事由に該当する場合でもできるだけ取消処分をしないとの国税当局の運用実態とかけはなれたものであつて、比例原則、平等原則に反する裁量権の濫用があるから違法である旨主張する。しかしながら、前記説示のとおり、本件処分は、青色申告者には帳簿書類の備付け等の義務が課せられており、法二三四条により帳簿書類の調査を求められた場合にはこれに応ずべき義務があるにもかかわらず、控訴人が第三者の立会が認められなければ帳簿書類を提示しないとの態度に終始し、いわれなく帳簿書類の提示を拒否したことを理由になされたものであつて、控訴人主張のようにとくに本件の場合に限つて処分がなされた事実を認めるに足りる証拠はないから、比例原則・平等原則に反し、裁量権の範囲を逸脱したものとまでは認めがたく、控訴人の右主張も失当である。」を各加える。

二  よつて、控訴人の本訴請求は棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官裁判長 潮久郎 裁判官 杉本昭一 裁判官 村岡泰行)

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